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yuuの一人芝居

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推理小説 倉敷小町殺人事件 執筆中

  倉敷小町殺人事件



                       よしなれ  ゆう

       



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 平成二年八月一日の午前五時、倉敷国際ホテルの前の派出所に、一人の男が飛び込んできた。倉敷川の今橋と中橋の中間辺りに女の死体が浮かんでいると言う通報であった。

 通報を受けたのは、今年警察学校を出た山県警官であった。山県警官は昨夜の天領祭りの警備に疲れていて、ぼんやりとした頭で聞いた。倉敷に殺人事件などこの何年と言うもの起こった事が無いと聞かされていただけに何かの間違いではないかと思いながら現場に急行した。現場は俗に言う美観地域の真っ只中であった。



 柳が朝露に濡れ川面に垂れ下がり、石畳は黒く油を流した様に見えた。昨夜の賑わいの後の名残が散らばっていた。公徳心とは一体なんだ。自分が出したごみ位持って帰れ。と山県は呟いた。

 緑の水面に白いものが浮いているのが見えた。急いでその方へ走った。全裸の女が仰向けに浮いていた。山県は一瞬どうしたものか迷った。このまま放置して応援を呼びに行っていいのだろうか。もうじきに観光客が朝の散歩に出てくる、人だかりがするだろう。仏さんはそれらの人達の視線に晒されることになる。それは可哀相であると言う思いがした。何か方法はないか、現状の維持を最重点に置かなければならない。現場に来る前に本署に連絡を入れるべきであったと後悔した。山県は川沿いの旅館「鶴形」へ走った。

「すいませんが、倉敷署へ連絡を入れていただけないだろうか?」

 と番頭に言って現場に引き返した。

「捜査防害になりますので、近寄らないでください」

 少しの時間ではあったが、禿鷹が死臭を嗅ぎ取り群れるように取り巻いていた。 

 待つ時間は途方もなく永く感じられた。流れの表面は動いてはいないように見えるが、底の部分が流れているのだろうか、目には見えないが害者は僅かに流されている様に思われた。                                  

 パトカーと鑑識のトラックが駆け付けて来るまで山県はじっと仏を凝視していた。未だ年端もいかない害者が何か懸命に語っているように思えたからだった。



「こらややこして事件「やま」になるで」

 パトカーから降りて害者と対面した桜井刑事が言った。昨日、柔道の練習で捻った右足を僅かに引きづっていた。まだまだ若い者には負けるものかと思っていたが、瞬発力の衰えを感じたのは確かであった。もう歳か?彼はその時一変に衰えを感じたのだった。

「第一発見者は誰や」

 桜井は大きな声を張り上げて問った。

「はい。散歩をしていた男の人ですが」

 群衆整理のために縄が張られ、現場写真があらゆる角度から、アップとロングで映され警察官二人によって仏さんは引き上げられた。鶴形山の稲荷神社の上がり掛けにある本町開業医の伊東医師が死亡確認のために狩り出されていた。腫れぼったい目をしばつかせながら害者の瞳孔を見、胸に聴診器を当てて、心臓静止の確認をしていた。死体は現場に近い医師が死亡診断書書くと言うのが通例であった。それから、害者は法医学の遺体解剖に回されるために川崎医大へと運ばれる手はずになっていた。

 白い手袋をはめた刑事達が、目を皿のようにして遺留品と証拠品の探索を始めていた。「昨夜はどんな具合やったんや」

「と言いますと・・・」

「人出とその動きや、と言う事は例年とどうやったかって事や」

「多かったと思います」

「多かったとおもいますとはなんや。様にとか思うと言う言葉は曖昧で説得力が無いで」「日英米三国のテレビのローケーションがあった為か、この暑いのに観光客は多かったことは確かです」

「国際都市やからな。ああ、お前らなんでもかまへん、気が付いたもんは何でも袋に入れておけや。こら、そこの若いの足元にころんどる吸いがら、一本の髪の毛も見落としたらあかんで。仏は厄殺や、それに手足の爪にマニキュアがしてあらへんかったのや。その辺をように頭において捜してや」

 桜井はてきぱきと指示していた。害者の爪にマニュキュアをしてい無いことに彼は一早く気ずいていた。今では私服の中学生でも爪に色を塗っている。それが、塗っていないと言うことはどう言うことなのだろうかと考えた。

 山県には害者がマニュキュアをしていなかった事を確認する余裕が無かった。

「あんたはもうええで、後はわいらでやるよって。協力をしてもらわなならんことがあったら連絡するよってな」

 桜井はそう呟きながら中橋の方へゆっくりと歩いていった。右肩が大きく揺れていた、。

 山県は派出所に帰り報告書を書き始めた。   

 落とし物の届け出十六件、迷子三名、酔っぱらいの喧嘩二件、鶴形山での婦女暴行未遂一件、置引き三件。

 警察官の職務は大きく二つに分かれる。交通警察と刑事警察と言う風にである。それは、派出所に勤務をして警察官としてどれだけの報告書を書いたかと言うことによる。報告書を書くと言うことは成績を上げたかと言うことに他ならない。警ら中信号無視、駐車違反の検挙が多ければ交通警察へと回されると言う風にである。喧嘩、万引き、犯人逮捕と言う実績があれば刑事警察へ回されることが多い。それも昇級試験に依ってではあるが。違反切符を切れば一件に付き七、八百円の手当てが出ると言う期間があってその時は多いい者で十枚も切る。それが、子供のファミコンゲームのソフトに代わると言う。

 山県は丁寧に報告書を書き終えた。

「大変だったな」

 少し歳のいった川村警官が交替勤務で出て来て、山県の背に投げた。

「はい。それより明君は元気になられましたか?」

「あいつが風邪なんか引いたから、ガタヤンには迷惑を掛けたな」

 山県は土曜と日曜の朝にかけて非番で、亜紀子と一緒に岡山の「ぼっこうカーニバル」に行くことになっていたのだったが、勤務を交替したのだった。

「武男と一緒になるんだったら約束がいつ反古なるかを覚悟しておかなくてはね」

 と亜紀子は少し皮肉を言ったのであった。

「この埋め合わせは絶対にするから・・・」

 山県はそう言って亜紀子を納得させたのだった。   

「内藤警察官は・・・」

「はい。昨夜の激務に疲れて熱を出しましたので、宿直室で休んで頂きました。そして、先程僕が引き継ぎをするからと言って、帰って頂きました」

「ふん」

 川村はそう頷いて、山県の報告書に目を落とした。

「すいません。そこで聞屋に捕まりまして・・・。遅くなりました」

 未だ幼さを残した齋田警官が入ってきた。

「それじゃ、僕は失礼いたします」

「済まなかった。彼女に宜しく言っておいてくれよ。何れ会ったらなにか驕るからさ」

 と川村は山県の微笑みにそう返した。

「ええ」



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 新渓園の踏み石は、沢山の石臼が使用されている。大原与兵衛が、小作を集めて会議を開くために造られたと言うこの屋敷に、小作人達が祝い品として大切な石臼を、忠誠を誓うと言う意味も込めて差し出したと言う。大きな臼はトウテンポールのように積上げられ、後は跳び石として敷き詰められている。若い者は円の外郭から中心へ扇条に刻まれた溝と、浅い渦巻き条のラインを、まるで庭園の踏み石の用途としての役割と見ているのだ。嘗ては、米を挽き団子にし、小麦を挽き粉にし、大豆を挽き黄な粉にし、食生活の大きな役割を担っていたことなど知ることはない。維新後幕府直轄の天領地から、大原の村になったようなものであった。



 八月一日の陽はじりじりと石畳を焼いていた。今朝の殺人事件が嘘のように観光客で倉敷河畔は賑わっていた。大原美術館は相変わらず名画の前を羊の行列のように通り過ぎるだけであった。エル・グレコの「受胎告知」はこの美術館の最も有名な作品であった。この美術館の隣接した南に新渓園があった。そして、新渓園の庭を通って、大原第二コレクションへ通じることが出来るようになっているから、どうしても樹齢百年を過ぎた多くの樹木の影を通り、石臼の踏み石を渡ることになるのだった。時折、池の鯉が飛び上がり、人の気を惹く。小さな、小堀遠州ばりの瓢箪池が中央に横たわり、真中の狭くなった辺りに二尺ほどの石橋が架かっていて一坪ほどの休憩庵に通じている。砂利を敷きつめた庭の中央に五尺程のコンクリートの通路で繋がれてい、ロダンの作品が入り口近くに置かれ訪れる感動の誘因を作っている。

 倉敷川には、小舟が何艘も出て川底をあさっていた。何かの手掛かりを見付けようと必死の捜索であった。それを観光客が遠巻きにして見物をしていた。

 桜井は考古館のなめこ壁に寄りかかりながら捻挫で腫れ上がった足首の痛さを耐えていた。目線は遺体が浮かんでいた水面に険しい輝きの眼を張り着けていた。面が割れてはいなかった。捜索願いの出ている中に該当する人はいなかった。指紋の紹介をしたが、該当する人もなかった。後は、川大からの解剖結果を待つだけが手掛かりであった。テレビのニュースでは害者の顔を元に生前の顔に復元したモンタージュを流し市民の協力を仰いでいた。一方では変質者の割り出しを急いでいた。このような事件の場合、怨恨か変質者の犯行が多いいのだ。

「犯人は必ず現場に帰る」

「遺体が訴えている」

「捜査が行き詰まったら現場に帰れ」

 ビーチラインが極端に狭かったこと。赤毛に近いほどに変色していたこと。僅かにヨードの匂いが性器から漂っていたこと。ボーディが青み掛かっていたこと。髪はワンレンで背に垂れていたが枝毛が多く染めていた痕跡があったこと。推定年齢から創造できないくらいに性器は黒ずみ乳首も薄茶けていたこと。下腹部に妊娠線があったこと。

 などを、桜井は確認するように心の中で繰り返していた。このことは、永年の感で一見して掴むことが出来ていた。後は、解剖の結果と照合して捜査に応用すれば良かった。

「すいません。遅くなりました。色々と当たって見たんですが、心当たりが全く掴めません。目撃者も見つかりません」

「新聞配達も、牛乳配達も見てへんのかいな」

「はい。店主はそう言う報告はなかったと言ってます」

 額から吹き出る汗を無造作に拭きながら川本刑事が言った。

「ご苦労やった。ところでや、おまはん仏を見てなんか感じんかったかいな」

 桜井は意味ありげに言った。

「と言われますと・・・」

 川本は不審げに見た。

「それならそれでええねん。白鳥だけが、見とったんかも知れへんな」

 桜井は、水の中に首を突っ込み餌を食みながら悠然と近よって来る白鳥を見ながら言った。                            



 山県が風呂に入りビールを飲んでクーラーの効いた部屋にごろんと横になったのは、昼を少し過ぎていた。酔いとカラカラと音の出る水冷のクーラーから出る柔らかな冷風に何時しか深い眠りの中に溶け込んでいった。

 どれほど眠ったのか、電話のベルで彼は起こされた。

「非番のに済まんが出て来ては呉んだろうか?県警の筒井警部補が少し話を聞きたいんだそうだ」

 倉敷署の刑事課の下山がそう言って掛けてきたのだった。

「はい。それで本官はどちらに行けばいいのでしょうか?」

 まつわり付いているランニングを引っ張り風を入れながら聞き返した。

「今日は非番ですと何度も言ったんだが・・・。事件に非番もくそもないと言って・・・。済まんな。殺人事件なんてこんな地方都市としては稀なことだ・・・。ああそうだったな、現場になるべく近くて静かな場所の方が良いんだ。ガタさんなら管轄内でええ所をし知っとるのではないか」

「何分今日の今日ですから、聞屋にも注意しなくてはいけませんし・・・。解剖の結果は出たんですか?」

「ああ、薬によるショツク死だと言う事だ。死後六時間が経過している、前後の一時間の幅を考慮にいれても五時間ないし七時間と言うことだ」

「では、昨夜の十一時から今日の一時と言うことになるのですか?」

「まあ、そう言うことだな。桜井刑事は厄殺だと言っているが、どうも、首に残っている傷痕は後で付けられたものらしい。それに、仏さんはヘルスか・・・」

「それは・・・」

「ほとが焼け過ぎているんだ。それに、妊娠をした、否、出産をした経験が線として残っているんだ」

「そうは見えませんでしたが、未だあどけない・・・」

「推定年齢は十七歳前後・・・。近頃の女は年齢や顔では判らんからな」

「薬と言われたのでしたね」

「それも、モルヒネ・・・」

「医師が激痛が襲う患者の緩和薬として・・・」




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